過去ログ - 櫻子「めぐみの雨と、恋で咲く花」
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1:名無しNIPPER[saga]
2015/03/30(月) 17:25:08.47 ID:JxUSEnW0o
私たち四人の距離が離れだしたのは、夏休みが終わったくらいからだった。
「もう受験だし、みんなで遊ぶのも控えないとね」
この時の撫子の言葉には、確かに同意していた。夏は受験の天王山、しかしその夏休みになってもまだ割り切れず、受験勉強という名目で集まってはいつものように遊んでいた私たち。
あまり良いことをしていないとはわかっていながらも、特に私や美穂は、残り少なくなる高校生活を前にもっとたくさんの思い出を作りたくて仕方なかった。
口火を切ったのは撫子だが、藍も撫子と同じ気持ちだったことだろう。それでも私たちの無理に付き合ってくれていた彼女たちには、感謝しなければいけない。
美穂はどちらかといえば私サイドの子だと思っていたが、撫子の言葉があってから一番ストイックになったのは彼女だった。
もともと本気を出せばすごい子だというのは知っていたが、撫子や藍をも驚かせる集中力、そしてそれに見合った結果をたたき出す彼女を見て、「三人が私に付き合ってくれていたのかもしれない」と静かに思うようになった。
撫子も藍も美穂も四年生の大学を目指していた。私は県内の製菓学校に行こうと思っていたから、勉強なんて勉強は三人に比べたらやっているうちに入らず、むしろバイトが多くなった。ケーキ屋でのバイトをするほうが勉強をするよりも進路に近い行動だったからだ。
今となっては、その時の行動に後悔している。テスト勉強という名目でもよかったから、みんなと一緒に勉強する時間を作っておけばよかった。問題集と戦っているみんなを、傍で見ているだけでもよかった。
時が過ぎるにつれ、試験までの時が近づくにつれ、私たち……いや、私と三人の距離は離れていったような気がする。気がするというのは、もちろん普段の授業中は一緒だし、休み時間も、お昼を食べる時も一緒だったからだ。
それでも自分だけが離れていく気がしたのは、みんなと同じことをしていなかったからだろう。違う道を歩むことになるという意識の芽は、ここでひっそりと顔を覗かせていたのかもしれない。
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2:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:26:34.84 ID:JxUSEnW0o
「模試の結果が、右肩あがりなんだ」―――夜十時、珍しく嬉しそうな声が電話口から届いたこともあった。
撫子と付き合うようになって決めた、二人を密かに繋ぐ夜十時の電話は、受験期真っ盛りの冬になると当然数を減らしたが、それだけに一回一回の電話が愛おしく感じるようになった。
「おめでとう」「すごいじゃん」「撫子なら絶対受かるよ」電話越しではそんなありきたりのことしか言えなかった自分だが、まるで自分の成績が飛び上がったかのような嬉しさを感じていた。ここでもまだ、顔を覗かせた芽は育つことなくおとなしくしていた。
3:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:27:03.30 ID:JxUSEnW0o
私たちはそれぞれ、無事に志望の進路先に合格した。もちろんそれも自分のことのように喜んだが、「みんな絶対受かる」と思っていた私にとって、そこに驚きという感情はなかった。ただただ、嬉しかった。みんなの夢がかなったことと、これでまた私たちが一緒になれると思って。
春休みは毎日のように遊んだ。受かったら皆で行こうと決めていた温泉旅行にも行ったし、毎日毎日が楽しくて、あっという間に過ぎて行った。バイトを極限に減らしてまで、みんなと一緒にいたかった。そのくらい待ち焦がれていた時間だったのだ。
4:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:27:41.67 ID:JxUSEnW0o
「電車で……何時間くらいかな。結構かかるよ」
「もう部屋は決まったの?」
「うん、そんなに大した部屋じゃないけどね。一人暮らしって初めてだから、ちょっと不安かな」
5:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:28:19.64 ID:JxUSEnW0o
「ありがとね、めぐみ」
「え……なにが?」
「めぐみのおかげで今まで楽しかったし……つらい時も頑張れた。もしめぐみがいなかったらどんな高校生活だったか……想像もつかないよ」
6:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:29:03.13 ID:JxUSEnW0o
「めぐみのこと、あんまり知らなかったけど……だからこそ、付き合ってみようって思った。今思えば、この子のことをもっと知りたいってその時に思ってたわけだから……第一印象の段階で、私はもうめぐみが好きだったんだよね」
撫子らしい、と思った。こんな考えができるところに、私は惹かれたのだ。
7:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:29:30.40 ID:JxUSEnW0o
「めぐみ」
無意識に今までを振り返っていたところに呼ばれて、はっとなった。
8:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:29:58.31 ID:JxUSEnW0o
「…………」
長くもなく、短くもない時間が流れて、愛しい唇は離れた。
9:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:30:27.13 ID:JxUSEnW0o
〜
「…………」
10:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:30:55.27 ID:JxUSEnW0o
(今頃、何やってるのかな……)
撫子は私と違って、休みの日でもちゃんと早起きをしていそうだ。
11:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:31:24.99 ID:JxUSEnW0o
〜
桜の木は、青々と茂っていた。
12:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:32:03.32 ID:JxUSEnW0o
(……わかってる)
答えを探りに来たものの、その答えはとうにわかっているのだった。
13:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:32:56.20 ID:JxUSEnW0o
付き合い出したあの日から、キスで別れた最後まで、撫子は私のために動いてくれていた。
一緒に歩んだ、最高の日々。そんな日々にキスでピリオドを打って、新しい系譜が描けるようにしてくれたのだろう。
14:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:34:06.96 ID:JxUSEnW0o
メールを送れば、返ってこないわけではないのだ。時間はかかるが、短い文だが、ちゃんと返してくれる。
けれど、付き合っていたころとはまるで違う、飾り気のないシンプルなメールを見ることが悲しくて、
メールを続けようとする意思がないことを感じてしまえる文章、それを撫子に送らせてしまっていることが嫌で、
15:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:34:41.23 ID:JxUSEnW0o
このまま撫子からの感情のないメールを見てしまったら、いよいよ涙は止まらなくなってしまうだろう。諦めて携帯をロックし、ポケットにしまい、泣いていることをごまかすように空を見上げた。
本当に雨が降ってくれればいい。
16:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:35:08.52 ID:JxUSEnW0o
「あ、やっぱりめぐみねーちゃんだ!」
「…………」
17:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:35:48.26 ID:JxUSEnW0o
「な、泣いてるの……!? 何かあったの?」
「ん、いや……違くて……!」
18:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:36:16.71 ID:JxUSEnW0o
〜
「本当はこういうときは喫茶店とかの方がいいのかもしれないけど……私まだ中二だし、お金もあんまり持ってなくて。だからごめんなさいなんだけど」
19:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:36:45.67 ID:JxUSEnW0o
みんなと遊ぶときでなくとも、撫子と付き合う中でよく来たものだ。ここは、私たちが二人きりになれる限られた貴重な空間だった。
付き合いだした当初は「うちは妹とかその友達がたくさんいるから、私がめぐみの家に行くよ」とあまり誘ってもらえなかったのだが、時間が経つにつれてだんだん寛容になり、次第に「私の家に来てほしい」とも言うようになっていった。
20:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:37:13.99 ID:JxUSEnW0o
「ちょーっとだけ片づけるから、ベッドで座って待ってて?」
櫻子の部屋はちょーっとではなく、そこそこちらかっていた。読んだら読みっぱなし、脱いだら脱ぎっぱなしという痕跡が見受けられる。
21:名無しNIPPER[sage]
2015/03/30(月) 17:37:45.82 ID:JxUSEnW0o
「……ねーちゃんと、何かあったの?」
「…………」
「あ、いや、言いづらいならいいんだけど……あんなに泣いてるとこ初めて見たからさ。なんか……どうしたのかなって」
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