過去ログ - 【モバマスSS】香水 あるプロデューサーの物語
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77:名無しNIPPER[saga]
2016/04/02(土) 22:52:54.16 ID:zCk6PcLr0
 渋谷凛は、そのシンデレラプロジェクトの一員である。
 十五歳という年齢からすれば、かなり背が高く、黒く豊かな長髪の持ち主である。直接話したことは無いが、態度はいつも沈着で、同年代に較べれば大人びている。
 サマーフェスを過ぎたころから、その渋谷凛と加蓮と奈緒が仲良くなったのは知っていた。しかし、加蓮と奈緒がここまで特定の人物に固執するのは珍しい。
 慶は件のレッスンを直接見たわけではないが、次第に熱を帯びてくる奈緒の口調から察するに、二人は渋谷凛と精神の深いところで通じ合ったのだろう。
 この仕事では、そういうことが稀にある。
以下略



78:名無しNIPPER[saga]
2016/04/02(土) 22:54:11.34 ID:zCk6PcLr0
 興奮する奈緒を、慶は冷静な目で見ていた。最初は奈緒をからかう風だった加蓮も、真剣な面差しになっている。
 奈緒の熱弁が途切れた後、長い沈黙が部屋の中を支配した。だが、堪え切れなくなった慶は吹き出し、呵々大笑する。
 自分たちのプロデューサーがおかしくなった。奈緒と加蓮は互いに顔を見合わせ、不安そうな目で慶の顔を凝視した。

 こんなお誂えがあってもよいのだろうか。哄笑を収めた慶は、デスクの上に置かれた資料に目を落とした。その一枚目には、ダイヤモンドの意匠と共に「Project Krone」という表題が躍っている。
以下略



79:名無しNIPPER[saga]
2016/04/02(土) 22:55:36.16 ID:zCk6PcLr0
「新しい企画には、二人と渋谷凛が入ってる。まあ、あっちにも事情や予定があるだろうし、シンデレラプロジェクトのプロデューサーとも話しをつけなくちゃならない。調整は俺がするから、精々頑張って、渋谷凛を口説き落とすことだな」

「ありがとう、慶さん!」

 慶の言葉を聞いた二人は、「やったー!」などと言いながら、手を取り合って欣喜雀躍した。
以下略



80:名無しNIPPER[saga]
2016/04/02(土) 22:56:40.85 ID:zCk6PcLr0
 慶は、先般の会議で美城常務が方針発表した際、シンデレラプロジェクトのプロデューサーが、常務に楯突いたことを思い出した。
 彼は世渡り上手というわけではなく、弁が立つわけでもない。しかし、仕事に対しては誰よりもひたむきで、常務もそんな彼を高く評価しているはずだ。

 やはり、分断策というのは穿ちすぎだろう。美城常務は、会社の利益を考慮しなければならぬ立場である。成長著しいプロジェクトを、わざわざ潰すような真似はするまい。ただ、彼女自身のプライドの高さゆえに、彼に強く当たっただけのことだろう。
 そして常務が渋谷凛、アナスタシア両名をクローネのメンバーに選出したのは、二人が持つ何かを見出したからに違いない。
以下略



81:名無しNIPPER[saga]
2016/04/04(月) 20:29:05.78 ID:0cF8uTc50



 慶は左手にウイスキーボトルを持ち、グラスを持った右手で、志希の部屋のドアをノックした。部屋の主がいようがいまいが、返事は無いと知っているので勝手に入る。
 志希は作業台に向かって、何かこまごまと作業をしていた。慶は近くの机の上にボトルとグラスを置き、椅子を引き寄せて座った。
以下略



82:名無しNIPPER[saga]
2016/04/04(月) 20:30:08.52 ID:0cF8uTc50
「で、今はどんな研究をしてるんだ? サテュリオンの改良か?」

 志希は、牛脂のような塊をヘラで抉り、均等に切った何かの欠片にこすり付けている。

「サテュリオンは効果ばっちりみたいだけど、あたしとしては満足してないんだよねー」
以下略



83:名無しNIPPER[saga]
2016/04/04(月) 20:30:50.36 ID:0cF8uTc50
 アンフルラージュとは、脂に香りを移す技術だったか。冷浸法と温浸法の二つがあり、グルヌイユが行ったのは前者のはずだ。

「美少女の香りでも蒐集するつもりか? やめてくれよ。サテュリオンの製造過程で、既に違法薬物にまで手を出しているんだから、さすがに人間の死体まで用意できないって」

「別に死体じゃなくても構わないんだけどね。芸能プロダクションに努めてるキミなら、何とかならないかな?」
以下略



84:名無しNIPPER[saga]
2016/04/04(月) 20:32:31.34 ID:0cF8uTc50
 慶は改めて、部屋の中を見渡した。雑然と物が散らばっているように見えるが、欲しいものが手に届く位置にあるということを、慶は知っていた。
 壁際は殆ど棚で占められており、ラベル付きの壜が所狭しと並んでいる。
 オレンジ、レモン、ローズマリーなどの植物の香油は勿論のこと、鍵付きの棚には麝香、龍涎香、海狸香、霊猫香など、希少な素材が収納されている。
 また、壁に残った僅かなスペースには、ヴァトー作「ユピテルとアンティオペ」の小さなレプリカが掛けられていた。この絵は、「香水」を装丁する際に表紙としてよく使用されているので、志希が飾ったものだろう
 部屋の中央部には幾つかの作業台が並んでおり、それぞれの上に大小さまざまなビーカーやフラスコ、乳鉢、漏斗、小型蒸留器などの器具が置かれている。
以下略



85:名無しNIPPER[saga]
2016/04/04(月) 20:33:12.13 ID:0cF8uTc50
「……あのさあ、アイドルって楽しいの?」

 志希は手を止めて、いきなりそんなことを言い出した。

「さあな、俺はアイドルをやったことないから、楽しいかどうかわからない。けど、アイドルは皆、楽しそうに活動してるよ。もちろん仕事だから、楽しいことだけじゃないけどな」
以下略



86:名無しNIPPER[saga]
2016/04/04(月) 20:34:04.38 ID:0cF8uTc50
「あ、そういえばさ、最近このマンションに不審者が出るらしいよ」

 志希と会話していると、急に話題が変わるのはいつものことである。

「昨日ラウンジで、優雅な奥様方がそんな話してた」
以下略



87:名無しNIPPER[saga]
2016/04/04(月) 20:35:15.08 ID:0cF8uTc50
 慶はふと、壁に掛かっている時計を見上げた。もうすぐ日付が変わる。
 十二時を過ぎると、シンデレラの魔法は解ける。そんなことを考えていると、急に漠然とした不安が沸き上がってきた。
 心臓の鼓動が早くなり、足元に奈落が開くような錯覚を覚えた。

「どうしたの? 何か怖いことでも想像した?」
以下略



88:名無しNIPPER[saga]
2016/04/04(月) 20:36:23.55 ID:0cF8uTc50
「どうしたのかなー? よしよし、いいこでちゅねー。怖い夢を見るなら、お姉ちゃんが添い寝してあげようかー?」

 志希が、小馬鹿にするように嗤った。しかし、慶が何かを怖がることなどそう無いので、彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。

「いらん。ほら、研究とやらが残ってるんだろ。俺のことなんかどうでもいいから、続きしとけ」
以下略



89:名無しNIPPER[saga]
2016/04/05(火) 19:31:55.24 ID:yG+egbPm0




 もう日付が変わろうとしている時間なのに、346プロダクションの役員室は、煌々と明かりがついている。
以下略



90:名無しNIPPER[saga]
2016/04/05(火) 19:32:46.41 ID:yG+egbPm0
「まず一つに、西門慶は担当しているアイドルを、自分のマンションに連れ込んでいるようですね。何をしているかは、言うまでもありません」

 男の報告を聞いたとき、美城常務の虹彩に瞋恚の炎が燃え上がった。

「やはり、西門慶が担当アイドルに手を出しているという噂は本当だったのだな……他には無いのか?」
以下略



91:名無しNIPPER[saga]
2016/04/05(火) 19:33:20.18 ID:yG+egbPm0
「……ありがとう。君にはいつも助けられているな」

「いえいえ、美城常務の御為ならば、この程度のことは造作もありません。しかし……」

 そこで男は言葉を切った。その沈黙には、何かを期待するような気配が感じられる。
以下略



92:名無しNIPPER[saga]
2016/04/05(火) 19:34:01.28 ID:yG+egbPm0
 アメリカから帰国した後、346のアイドル事業部の舵取りをすることになったわけだが、自分は思い切った方針転換を行ったと、美城常務は思った。
 346の社内を視察して、真っ先に目についたのが、社内の中世的停滞だったからだ。
 働いている者の殆どに、346は老舗で大手だから大丈夫だという楽観があった。
 このままでは、数年後には他のプロダクションに追い抜かれる。そう感じた美城常務は、自分が憎まれ役になろうとも、社内に蔓延る弊風を一掃する覚悟を決めた。

以下略



93:名無しNIPPER[saga]
2016/04/05(火) 19:35:08.68 ID:yG+egbPm0
 その点では、西門慶という男は恰好の標的だった。彼の弱みを握り、それを梃子に西門製薬を揺さぶることができれば、後はどうにでもなる。
 今までは、西門慶を泳がせておき、尻尾を出すのを待っていた。その策略の一環として、清川武大の退職という茶番を演じ、清川を社外へ放逐したのだが、これが見事に奏功した。  
 そして、社外に出た清川を密偵に仕立て上げ、西門慶を監視させる。
 清川には、346の関連会社役員のポストという餌をちらつかせたのだが、どうやら彼はいままで爪を隠していたらしい。清川は、美城の御庭番の如き活躍を見せた。

以下略



94:名無しNIPPER[saga]
2016/04/05(火) 19:36:10.39 ID:yG+egbPm0
 一方で、西門慶を惜しむ気持ちも無いわけではない。彼はプロデューサーとして、優れた才腕をもっていたし、余計なことを考えなければ、これからも346の戦力として利用するつもりだった。
 しかし、このあたりが潮時だと美城常務は悟った。
 346という鯱が、西門製薬という鯨を食うためにも、彼には精々撒き餌になってもらおう。

 蜚鳥尽きて良弓蔵せられ、狡兎死して走狗煮らる、とはこういうことだろうか。
以下略



95:名無しNIPPER[saga]
2016/04/05(火) 19:36:59.82 ID:yG+egbPm0
 美城常務は、壁際の置時計に目をやった。
 
 時計の針は、既に十二時を過ぎている。


以下略



96:名無しNIPPER[saga]
2016/04/05(火) 19:38:30.35 ID:yG+egbPm0
拙い文章でしたが、お読みいただきありがとうございました。


97:名無しNIPPER[sage]
2016/04/05(火) 20:10:47.41 ID:O8KIi6Ajo
いやいやいやいや、ここからだろ?
何の冗談よ?


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