過去ログ - 「壊したがり」
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1:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:10:50.20 ID:3OYwXlIW0
 湯呑みが割れ、その役目を終える音が聞こえたとき、私の興奮は最高潮に達した。
 つい数秒前まで陶器であったものは、原型を留めることなく無残な姿で、それも木っ端微塵に粉砕されていた。
 一つ五千円は下らない由緒正しい備前焼の湯呑みが、既に修復不可能な形で床に散在しているのである。
 これほどまでに高価な湯呑みを見るも無残な姿に変えてしまったのはどこの誰なのか。
 無遠慮にも興奮で上気した顔のまま、割れた陶器を見下ろしている愚か者は一体誰なのか。

 ──私だ。

 また、やってしまったのだ。


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2:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:12:22.62 ID:3OYwXlIW0
 夕食のあと、この備前焼の湯呑みで日本茶を三杯飲み干して、計画通りに破壊してしまった。
 台所の床に張り巡らされたフローリングの上に新聞紙を敷き、湯呑みを天高く掲げ、親の仇に投げつけるかの如く全力で振り下ろした。
 湯呑みが砕け散ると同時に、脳内でアドレナリンが大量分泌されたのを、確かに感じ取ることができた。
 小さな破片が散らばっている様を、ただ静観する。
 一向に片付けを始める気配もなく、実家の台所で割れた湯呑みをさも嬉しそうに眺める気色悪い女子高生がここにいた。
以下略



3:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:15:18.53 ID:3OYwXlIW0
 値段の割には十分な刺激と快感を得られたのだから、一応成功ということにしておきたい。
 いや、そうでなくちゃ色々と困る。
 屈み込んだ状態で割れた破片をゆっくりと一つずつ回収しながら、湯呑みが割れた瞬間を脳内で繰り返し再生していると、奇妙な笑みがこぼれてくる。

 ああ──やはり大事にしていた分、壊れたときの喜びもひとしおだ。
以下略



4:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:17:54.43 ID:3OYwXlIW0
 今もまだ、この湯呑みを使っていた頃の記憶が残っている。それを反芻していると、深い喪失感と悲しみが胸を打つ。
 でも、この感情が堪らなく愛おしいのだ。
 自分が変人だということは重々理解している。頭のおかしい狂人だと罵られても、おかしくはない。
 だとしても、これでいい。
 誰も知らない私だけの秘密。
以下略



5:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:20:55.19 ID:3OYwXlIW0
2
「壊子さん、ちょっといいですか」

 問題が山積みとなり開催さえ危ぶまれていた文化祭も無事に終了し、八月上旬に予定されているコンクールに向けて静物デッサンの練習をしていた六月十日の放課後、校内の美術室で水の入ったカットグラスをデッサンしている織野が、声をかけてきた。

以下略



6:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:22:59.12 ID:3OYwXlIW0
「そ、そんなことありませんよ!まだまだ教わることはいっぱいあります!」
「例えば?」

 うーんと腕を組みながら悩む織野の姿は、絵を描くときと同じぐらい真剣そのものだ。

以下略



7:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:26:00.78 ID:3OYwXlIW0
縋るような目で私を見上げるこの男は、織野工という。
高校二年生とは思えない童顔に、やたらと鬱陶しい前髪。
運動とは縁がなさそうな細身の身体は白く、見ようによっては女性的に捉えられるかもしれない。
 私が高校二年生の頃、校内で冬休みの話題が盛んになってきたとき、彼は脈絡もなく、唐突にこの総勢一名の美術部に入部してきた。
 動機はあなたのような絵を描けるようになりたいとか、展示されていた絵に惚れ込みました、とかだったような気がする。
以下略



8:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:29:57.65 ID:3OYwXlIW0
けれど、それは随分ともったいない。
壊す為にはまず作ることが重要だ。彼と最高の関係を築き上げたときこそ、遠慮なく全力で壊すことができるというものである。

「織野はまず、私に教わるという習慣を壊すところからスタートするべきだよ」

以下略



9:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:32:57.31 ID:3OYwXlIW0
「うーんとね……そこの窓から、ちょちょいっと」

 江ノ島が指差す窓に視線を移すと、確かに女子生徒が一人通れるくらいの隙間があった。
 ただ問題はそこではない。この美術室は校舎三階に位置するのだから、ちょっと飛び跳ねたぐらいでは窓枠に手をかけることすらできない。

以下略



10:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:34:59.53 ID:3OYwXlIW0
「……毎度のことだが、こういう危険なことをするのはやめなさい」

 一応本心からの言葉だ。まあ、彼女が怪我をしようが知ったことではないが、責任問題に問われたらかなわないからな。

「いやです!さっきも先輩、後ろからたっくんに抱き着こうとしてたじゃないですか!」
以下略



11:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:37:00.37 ID:3OYwXlIW0
3
 急な梅雨入りに対応できなかったのか、織野が珍しく体調を崩して早退したらしい。
 つまり、今この時に限り美術室は私の部屋も同然であり、新たな来訪者が現れなければ、こうして静かに外の雨音に耳を傾けることができるということである。
 生徒が授業中に使用するスチール製の椅子に腰かけながら、窓の外に視線を移す。
 天気は一向に回復する気配がなく、かといってこれ以上雨脚が強まる様子も見受けられない。
以下略



12:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:38:43.14 ID:3OYwXlIW0
「ああ……君も知ってて来たのだろう」

 花のように微笑みながら、江ノ島は答える。

「はい。たまには自主的に部活するのもいいかなあ、と思いまして」
以下略



13:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:40:46.32 ID:3OYwXlIW0
「……雑談ぐらいなら付き合おう」
「雑は嫌です、密でお願いします」

 雑ではなく密に、か。
 密といえば、親しい。
以下略



14:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:43:01.95 ID:3OYwXlIW0
「ここまで言ってもとぼけるなんて……先輩って、凄く真面目な優等生って感じなのに、意外と意地悪ですね」
「君たちが勝手に優等生だと期待して、祭り上げているだけだ。好き勝手期待しておいて、期待に答えなければ失望するなんて、はっきり言っていい迷惑だよ」
「でもしっかり期待に答えてるあたり、本当はまんざらでもなかったりするんじゃないですか」
「だとしても、それを自覚したいとは思わんね」
「…………」
以下略



15:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:46:16.08 ID:3OYwXlIW0
 私の発言を聞いて、江ノ島はふうと息を吐きながら全身の緊張を緩め、再びゆっくりと腰を下した。

「なら良かったです。恐々院先輩と争っても、正直、あたしじゃどうにもならないって思ってましたから」
「どうして?女性的魅力という点において、私では君に逆立ちしたって敵わないと思うが」

以下略



16:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:48:30.16 ID:3OYwXlIW0
4
 江ノ島の告白宣言を聞いてしまってから、私の生活は一変した。

 無論、良い方ではなく悪い方に、である。

以下略



17:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:51:47.75 ID:3OYwXlIW0
5
 期末試験の準備で校内に残る生徒もまばらなってきていた六月二十四日の放課後、今後の部活動について相談があるという口実で、織野を校舎の屋上まで連れ出した。
 外は既に夕焼け色に染まっていて、普段は活気のあるグラウンドも、奇妙なくらい静まり返っている。

「壊子さん、相談なら美術室でも良かったんじゃないですか」
以下略



18:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:54:14.45 ID:3OYwXlIW0
 決死の覚悟を抱いて臨んだというのに、一番肝心なところで待ったをかけられた。
 これでどうでもいいことを宣い始めでもしてみろ、舌を引っこ抜いてやる。

「壊子さん、これってつまり……そういうことですよね」
「君の考えている通りだ。あとは煮るなり焼くなり好きにしろ……覚悟はできてる」
以下略



19:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 15:56:56.77 ID:3OYwXlIW0
 織野が描いてきた絵に宿る並々ならぬ迫力の根源は、彼の想いそのものだった。

「壊子さん……もし迷惑でないのなら、今より近い場所で僕と一緒に絵を描きませんか。壊子さんに手伝ってもらえれば、きっと、凄く素敵な絵が描けると思うんです」

 お互いの意思を汲み取るよう見つめ合った後、織野の真剣な眼差しから逃れるよう、くるりと回って背を向ける。
以下略



20:名無しNIPPER
2017/01/08(日) 16:00:43.53 ID:3OYwXlIW0
練習として去年の夏頃に書いたもの
供養として投下しました


21:名無しNIPPER[sage saga]
2017/01/08(日) 17:20:45.53 ID:AqztlzSzo



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