水本ゆかり「人形の檻」【ゆかさえ】
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1: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:43:18.56 ID:iX/HvtXE0
ゆかさえ誕SSです


2: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:45:52.30 ID:iX/HvtXE0


   一

小さい頃から温厚でいつもぼんやりしていた。
以下略 AAS



3: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:47:13.68 ID:iX/HvtXE0

本州北端は青森の外れ、なだらかな山並みを遠景に背負った平凡な町中に、ひときわ目立つ建物がある。
それが私の家だった。

建築当時はハイカラだったという西洋風のお屋敷は、私が生まれた頃はもう、現代的な町の風景にのまれて時代に置き去りにされていた。
以下略 AAS



4: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:47:53.29 ID:iX/HvtXE0

そのようにして、私があのお屋敷に思いを馳せる時は、いつもそこにお母さまの面影を重ねて見ていた。

「お母さまって、まるで暖炉みたい。そこに座っていらっしゃるだけで、どんな寒い冬でも暖かくなるような気がする」

以下略 AAS



5: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:49:09.17 ID:iX/HvtXE0

お母さまは、決して裕福な家に育った人ではなかった。

その昔、まだ駆け出しの政治家だったお父さまは、アルバイトでウグイス嬢をしていたお母さまに一目惚れした。

以下略 AAS



6: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:50:06.47 ID:iX/HvtXE0

いつだったか、確か小学校低学年の頃、私が近所の餓鬼大将に執拗にからかわれていた時期があった。

蛇の模型で驚かされたり、下校中に雪玉を投げつけられたり、挙句にはスカートを捲くられたりもした。

以下略 AAS



7: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:51:02.80 ID:iX/HvtXE0

中学最後の冬に、私は家族みんなと一緒に新青森駅の新幹線のホームに立っていた。

三月の、珍しく雪がふぶいていた日だった。

以下略 AAS



8: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:52:05.93 ID:iX/HvtXE0

お母さまが、もう座席につきなさい、とおっしゃった。
それで私はのろのろと新幹線の中に入って行った。

車内は暖房が効きすぎなくらい効いていた。
以下略 AAS



9: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:53:33.03 ID:iX/HvtXE0

途端に、私はひとりになった。

故郷が、ずんずんと、おそろしい速さで遠ざかっていくのを、私は急に焦るような気持ちで眺め出した。
外はこんなにも天気が荒れているのに、家族を置いて、私だけがこうしてぬくい座席に座り、故郷を見捨てようとしている、そんな思いがした。
以下略 AAS



10: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:55:03.24 ID:iX/HvtXE0


   二

冷房のひんやりした空気に飽きてベランダに出ると、地平の果てに太陽が沈んでいくのが見えた。
以下略 AAS



11: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:55:44.98 ID:iX/HvtXE0

「今日は長いこと話し込んでもうて、かんにんな」

「いえ、私の方こそ、たくさんお話できて楽しかったです」

以下略 AAS



12: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:56:42.02 ID:iX/HvtXE0

今年の春、私の所属していたグループが解散した。

原因は、私なんぞには分からないくらい複雑だったようだけれど、一番は、メンバーのリーダー格が引退した事が引き金になったと言われている。
でも、きっと本当のところは、売れなかった、ただその一言に尽きる、他愛もない、ありふれた理由なのかもしれない、いや、きっとそうに違いなかった。
以下略 AAS



13: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:57:38.13 ID:iX/HvtXE0

彼女と初めて出会ったのは私がこの寮に越してきた時、つまり二年前のことになるけれど、彼女とこうして親しくお話ができるようになったのはつい一週間前のことである。

きっかけは、あるドラマ番組での共演だった。

以下略 AAS



14: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:58:36.22 ID:iX/HvtXE0

「そないじっと見つめられたら恥ずかしいわぁ」

紗枝ちゃんがいたずらに微笑んで言った。

以下略 AAS



15: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:59:28.44 ID:iX/HvtXE0

結局その日、私たちは一緒に夕食をとり、一緒に寮のお風呂に入り、そのあと今度は私が紗枝ちゃんの部屋に遊びに行って、テレビや雑誌、お仕事や勉強の話なんぞを延々と話し込んで、そうして夜が更けると紗枝ちゃんが「今日はこのまま泊まったらええのに」などと言うから私もすっかりその気になってしまって、なんだか修学旅行のような、合宿のような一夜を過ごすことになったのだった。


……この時の、思いがけず急速に近づいていった私たち二人の関係には、そこに何か失ったものを互いに埋め合わせるような執着心がすでに生まれつつあって、そうして私たちはそれを知らず知らずのうちに、後に私たち自身をも苦しめ出すような、美しい色をしたあの神秘の毒花へと育てていってしまったのではないかと思う。
以下略 AAS



16: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 09:03:03.48 ID:iX/HvtXE0


   三

街が真っ白に燃えている。
以下略 AAS



17: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 09:03:51.39 ID:iX/HvtXE0

スタジオに向かう通路で先生と鉢合わせした。

「おはようございます」

以下略 AAS



18: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 09:05:09.21 ID:iX/HvtXE0

シャツを軽く乾かして、それからスタジオに入った。

レッスンが始まる前にチューニングを済ませなければいけない。
ケースの蓋をおそるおそる開けてみる。
以下略 AAS



19: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 09:05:49.40 ID:iX/HvtXE0

九〇分、集中して練習すると、それだけで一日分の気力を使い果たしたようで、稽古が終わる頃にはいつも頭がふらふらしてしまう。
この日は特に、夏場で体力が落ちたせいか、身体全体に疲労を感じた。
最近はお仕事の方も演技レッスンが中心で、他の基礎トレーニングにかける時間が減っていたから、そのせいかもしれなかった。

以下略 AAS



20: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 09:06:39.59 ID:iX/HvtXE0

「何か、お聞き苦しい所があったのでしょうか?」

「そういうわけじゃないのよ。むしろ今日の水本さんはいつも以上にブレスが安定していたし、言われた事もちゃんと覚えていて、レッスンの内容としては十分合格ラインです」

以下略 AAS



21: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 09:07:54.77 ID:iX/HvtXE0

スタジオを出て先生と別れたあと、早めにお昼を食べようと思い、一階のロビー近くにある売店へ向かった。
そこへ行くためには、エレベーターを降りたあと、広大なエントランスを横切り、向かい側の棟のエスカレーターを回りこんで、その奥にある待ち合いスペースまで歩かなければならない。
つまり、途中で社員や来客の方々と頻繁にすれ違うことになるわけで、そうなると当然、顔見知りの方と挨拶する機会も少なくない。

以下略 AAS



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